こんにちは。レティシアン専属獣医師のCです。
人間と同じように、ワンちゃんやネコちゃんでも治療の効果を助ける手段のひとつとして「輸血療法」があることをご存知でしょうか?
選択肢のひとつとして輸血療法の存在を知っておくと、いざというときにワンちゃんやネコちゃんの命を救うことができる可能性が高まります。また、血液を提供するドナーについて知っておくと、誰かの大切な家族を助けることができるかもしれません。
今回は、輸血療法を選択するときに気をつけたい注意点、輸血に際して必要な検査、輸血が必要なワンちゃんやネコちゃんを助けるドナー登録などについてご紹介していきます。
目次
犬・猫の「輸血」とは
輸血とは、血液成分の不足を他のワンちゃんやネコちゃんの血液から補う治療法のことです。一般的には他のワンちゃんやネコちゃんから血液をもらって輸血を行いますが、緊急を要する場面では、自分の血液をそのまま血管に戻す「自己輸血」という方法をとる場合もあります。
血液は、赤血球・白血球・血小板など様々な成分で構成されていますが、病種や病気の進行度によって血液のどの成分がどれくらい不足しているかが異なります。そのため、輸血療法とひとことに言っても、血液をそのまま入れる「全血輸血」や、病種・病態に合わせて成分を調整した血液を入れる「成分輸血」など様々な方法があります。
輸血が必要なケースにも、出血や止血異常によって血液が失われてしまったり、病気によって血液が作れなくなってしまったりと、様々な原因があります。輸血によって一時的に体調が回復したとしても、原因となっている病気・ケガの治療を行わないとまたすぐに体調が悪くなってしまう場合があります。
また、輸血を受ける際にも様々なリスクがあるため、「血液が不足したから補充すれば良い」という単純なものでもありません。
しかし、一般的に輸血が必要なケースでは症状が重篤で緊急治療が必要な場合が多いでしょう。どのような病気で輸血療法が適応になるのかを知っておくと、早めに治療を開始できるかもしれません。
※本コラムでは以下、血液を貰う側を「レシピエント」、渡す側を「ドナー」と表現していきます。
血を貰う側「レシピエント」について
輸血が必要な病気・ケガ
輸血療法を使用する病種は様々です。いくつか輸血療法の対象となる例をご紹介します。
・手術や交通事故などによる「大量出血」
少量の出血であれば、体は血液を作る量を増やすことで不足した血液を補います。しかし、交通事故や腫瘍の破裂、一部の特殊な手術などによって大量出血を起こしてしまうと、体の血液を作る機能ではカバーしきれなくなってしまうため、輸血が必要となります。その際は、血液全体の量を補給するため、手術前後や手術中・治療中に輸血を行います。
・様々な病気による「止血異常」
血液の中には、血小板などの出血を止める成分が含まれています。様々な病気によって、これらの成分が減少すると出血が止まりにくくなり、ほんの小さなキズでも大量出血につながってしまうことがあります。止血異常がある場合、出血を止める成分を補給する目的で輸血を行うことがあります。
・様々な病気による「貧血」
血液には、酸素を全身に運ぶ赤血球という細胞が含まれていて、赤血球(や赤血球の中の酸素を運ぶ成分)が少なくなった状態のことを「貧血」と呼びます。
貧血が進行すると全身の臓器が酸欠状態となり、うまく機能できなくなります。貧血の症状としてふらつきが出ることがありますが、これは脳が酸欠状態になってしまうことによって起こります。
貧血を起こす病気としては、免疫異常によって自分の赤血球を壊してしまう免疫介在性溶血性貧血(IMHA)や、腎臓病の進行によって赤血球が作られなくなる腎性貧血(※)などが挙げられます。
これらの病気で重度の貧血を起こした場合、原因となっている病気に対する治療の効果が現れるまでの一時的な処置として輸血を行うことがあります。
※腎性貧血
腎臓の重要な機能のひとつとして、造血ホルモンを分泌し、赤血球をつくる役割があります。腎臓病が進行し機能が低下すると、赤血球が作られなくなり貧血になります。
・播種性(はしゅせい)血管内凝固症候群(DIC)
本来ケガなどをした際に血を固めて出血を止めるための仕組みに異常が起こり、血管内のあちこちで血の塊(血栓)を作ってしまう病気です。
血管内に作られた血栓が全身の細い血管を詰まらせてしまうことで多臓器不全を起こし、命にかかわることも少なくありません。
血栓が作られることで消費されてしまった血小板や、血栓の形成を抑える成分を補充するために薬剤投与と同時に輸血を行うことがあります。
輸血前に病院でチェックすること
まず輸血療法の適応になるかを検討します。
レシピエント側の病気やケガの度合い、身体検査と血液検査、その他病気に関する特殊検査をスピーディーに行い、総合的に輸血療法を選択するかを判断します。その後、輸血する相性を確認する適合確認を行って輸血決定となります。
「適合確認」とは?
輸血療法を選択した場合、レシピエントの検査が終わったら、次にレシピエント血液とドナー血液の相性を調べる適合確認を行います。
・適合検査を行う理由
人間と同様にワンちゃんやネコちゃんでも、臓器移植や輸血による重篤な拒絶反応がでてしまうことがあります。そのため、輸血を行う前ドナーの血液をレシピエントの体に入れて拒絶反応が出ないかどうか入念にチェックする必要があります。
しっかり検査をしないまま輸血を行うと、かえって容態が悪化することもあります。
動物病院の規模や設備によって適合検査の内容が変わりますが、動物病院で行われることの多い一般的な適合確認の検査方法を紹介します。
・犬・猫の血液型
人では血液型を赤血球の上にある抗原の種類や有無でABO式(A型、B型、AB型、O型)と表現しますが、ワンちゃんやネコちゃんの血液型は人とは違う方法で表されます。
血液型の分類に違いはありますが、人でもワンちゃんでもネコちゃんでも、赤血球のもつ抗原と血液(の液体成分である血漿)の抗体が反応することで拒絶反応が起こります。
相性が悪い血液型の血液を輸血して拒絶反応が起きると、レシピエントの体はドナーの血液を異物と判断して赤血球を壊してしまいます。
血液型は、動物病院で専用の血液型判定キットを使用して検査することができます。
・交差適合試験(クロスマッチ試験)
血液型以外の要因で拒絶反応が起きてしまうことがあるため、レシピエントの血液とドナーの血液を専用のキットを使って混ぜ合わせて、血液の相性が合うかどうかチェックします。
輸血の際に注意したい点
・副反応の可能性も
事前検査をすべてクリアすれば、輸血による重篤な拒絶反応のリスクを避けることができます。ただし、事前検査をすべてクリアしていたとしても、輸血による副反応がでてしまうケースがまれにあります。
副反応の中には遅れて症状が出るものもあり、輸血直後から輸血後2週間は副反応が生じるリスクがあると言われています。
輸血によって体調が回復してもしばらくはよく様子を見るようにし、急にぐったりしたり、体温が上がったり、呼吸が荒くなるなど様子の変化があればすぐに動物病院へ連絡するようにしましょう。
また、何度も異なるワンちゃん・ネコちゃんから輸血を行うと、副反応のリスクは高まります。リスクと病態、本人の様子などについてよく獣医師と相談して輸血の回数や他の治療方針を検討しましょう。
・輸血はあくまで補助的なことが多い
輸血が必要なケースでは、ほとんどの場合、出血や貧血などを起こしている大元の病気を対処しないと根本的な治療になりません。
輸血療法は、それらの病気に対する治療の効果が出るまでの応急処置として、貧血や出血多量にともなう苦しみを和らげるために行います。
・費用は高額なケースが多い
大きな動物病院でもなければドナーとなってくれるワンちゃん・ネコちゃん探しは難しく、十分なドナー血液の確保には苦労しています。また、輸血を行うとなると、輸血開始から数時間はスタッフが付きっきりで見る必要があります。こういった理由から、費用が高額となることが多いです。
これらの注意点をふまえて、かかりつけの獣医師と相談し決定しましょう。本人がどれくらい辛そうか、その辛さは輸血によって解決可能かなどを念頭に獣医師と相談することをおすすめします。
血を渡す側「ドナー」について
ドナー(供血犬・供血猫)の適正条件
ワンちゃん・ネコちゃんともに、若めの大人で、体の大きい子が理想です。年齢は1~8歳くらい、ワンちゃんは「体重20㎏以上」、ネコちゃんは「体重3.6㎏以上」が目安ですが、病院によって細かいルールは異なります。
他にも安全な輸血のために、過去に輸血を受けたことがない・血液に関する感染症を持っていない・海外渡航歴がない・ワクチンを定期的に接種している・投薬中ではないなどの条件があります。
ドナー犬・ドナー猫の見つけ方
動物病院内で、ドナー犬(供血犬)・ドナー猫(供血猫)として、輸血用の血液をもらうためのワンちゃんやネコちゃんを飼っていることもあります。他にも、患者様の中から若くて大きい子をスカウトしたり、警察犬など働くワンちゃんから血液をもらうこともあります。
案内を見かけたらぜひドナー登録を!
動物病院でまれに「ドナーに協力してくれるワンちゃんやネコちゃんを探しています」という案内を見かけることがあります。
先にご紹介した条件に当てはまるワンちゃんやネコちゃんを飼っているオーナー様は、このような案内を見かけたら、ぜひ積極的にドナー犬・ドナー猫への登録を申し出てみてください。ご協力によって助かる命が増えるかもしれません。
ドナー犬・ドナー猫になったとしても、体重・体格によって採血量や頻度はルールが決まっているため、採血によって大きく体調を崩すことはありませんのでどうぞご安心ください。ただし、採血の際に毛刈りや鎮静処置をする場合があるので、採血をする際に行う処置については事前によく動物病院に確認しておきましょう。
まとめ
大切な愛犬・愛猫が病気で苦しんでいると、何とかしてあげたいと思うでしょう。苦しみを和らげてあげる、または治療の効果が出るまでの応急処置のひとつとして「輸血」という方法があります。輸血という選択肢があることをご存知いただけたら嬉しいです。
もしもの事態は急にやってくるものです。かかりつけの獣医師とよく相談し、わが子にとって最適・最良な治療を探しましょう。