こんにちは、レティシアン専属獣医師のCです。
“生物の不思議” については世界中で様々な研究が進められており、生命を維持する複雑な機能についても徐々に解明されてきました。しかし「睡眠」については不明な点も多く、まだまだ謎に包まれています。
犬や猫と一緒に暮らしていると、「一緒に寝ても大丈夫?」「ずっと寝ているけどこれって病気?」など、オーナー様の疑問・心配も多いのではないでしょうか。
今回のコラムのテーマは “犬や猫の睡眠” です。睡眠の種類、睡眠に関する豆知識、睡眠に関する病気、快適な睡眠環境・生活習慣について解説させていただきます。
目次
犬や猫の睡眠について
「睡眠」とは、学術的には「①周りからの刺激に対して反応しにくい ②意識がない ③簡単に覚醒できる」のすべてを満たす自然な状態のことを指します。
睡眠状態にあるかどうかは、脳が発生させる微弱な電流(脳波)の数値を見ることで判断できます。
睡眠時間について
社会生活を営む成人であれば、睡眠は1日1回というケースが多いでしょう。しかし、人間の乳児や人間以外の哺乳類では1日2回以上眠ることが一般的です。また動物種に関係なく、成長期やシニア期には睡眠時間が長くなる傾向があります。
【犬】日中よりも夜間に眠ることが多く、午前よりも午後の方がよく眠るという特徴があります。1日の平均睡眠時間は約10~11時間で、シニアになるにつれ睡眠時間は長くなっていきます。
【猫】日中と夜間の睡眠時間の差は少なく、早朝・夕方に元気な傾向にあります(薄明薄暮性(はくめいはくぼせい)と呼ばれています)。1日の平均睡眠時間は約14時間で、人や犬よりも長めです。
睡眠の役割
睡眠の役割は、まだはっきりと解明されていません。しかし、眠らないと脳に障害が起こることが明らかになっており、 “休息による回復” が睡眠の主な役割だと言われています。過去の研究からも、マウスや犬、人間はわずか数日~数週間起き続けているだけで生命を維持できなくなることが分かっています。
日常の生活の中でも、「寝不足で頭が働かないな…」「しっかり寝たから元気になった!」など、脳・体の回復と睡眠が強く関係していることを感じる場面は多いのではないでしょうか。
睡眠中には成長ホルモンやコルチゾール(副腎から分泌されるホルモン)など、体の成長や修復に関係しているホルモンに関する数値が変動しており、睡眠は生きていくうえで必要なものであることは間違いありません。
睡眠の種類
脳が発生させる電気変化(脳波)をもとにした様々な研究から、睡眠の種類は「レム睡眠」「ノンレム睡眠」の2種類あることが分かっています。レム睡眠は体を休めるための浅い眠り、ノンレム睡眠は脳を休める深い眠りで、睡眠中はこれが交互にやって来ます。犬・猫も人間と同じで、睡眠の中でレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返しています。
レム睡眠(REM睡眠・体の休憩・浅い眠り)
レム睡眠は、閉じたまぶたの下で眼球がきょろきょろと動く「急速眼球運動(Rapid Eye Movement)」を伴う睡眠です。体は眠っていますが、脳は活動的なことが特徴です。ノンレム睡眠に比べると比較的浅い眠りと言われています。
ノンレム睡眠(NON-REM睡眠・脳の休憩・深い眠り)
ノンレム睡眠とは、レム睡眠と比較して深い眠りと言われています。大脳も休息していると考えられており、脳や肉体の疲労回復のためにとても重要な眠りと考えられています。
睡眠に関する豆知識
犬や猫も夢を見る…? 寝言を言う…?
眠っている犬や猫も、睡眠中の人間と同じようにぴくぴくと動いたり、走るように手足をばたつかせたり、寝言を言ったりしているのはよく見かけます。これはまさに人が夢を見ているときと同じような様子です。犬や猫の脳の構造は人とよく似ており、これは夢を見ているのではないかと考えられています。
「レム睡眠のときだけ夢を見る」というのは本当?
人間が夢を見るのはレム睡眠の時だけだという説をよく耳にしますが、実はノンレム睡眠のときも夢を見ている可能性もあります。眠りの浅いレム睡眠時のときに見た夢しか覚えていないだけだとも考えられています。
寝相についての研究(猫の姿勢変化)
猫の睡眠に関しては、脳波を用いた研究によって、レム睡眠時とノンレム睡眠時に睡眠姿勢が異なることが分かっています。
・レム睡眠 → 体を休める眠りなので、筋肉の緊張がゆるみ、ぐっすり眠っているように見える横向きの姿勢をとります。
・ノンレム睡眠 → ふせの姿勢や香箱座りと呼ばれる姿勢で眠ります。
一般的に言われているように、動物の弱点である「おなか」を見せているかどうかで安心度も分かります。おなかを隠すようにして寝ているときは、まだ完全なリラックス状態とは言えないようです。
リラックス度の高い順に「仰向け>横向き>ふせ」と言われていますが、好みや個性・骨格・寝具の素材やサイズ・周囲の温度に影響を受けてこの順は変わります。
一緒に寝ることについて
大好きな愛犬・愛猫と一緒に寝ると、とっても幸せな気持ちになりますよね。人の睡眠の研究では、ペットと一緒に寝ることで人は精神的に良い影響を受けることが分かっています。
ただ常に一緒の寝具で寝ていると、下敷きや落下によるケガの心配、しつけの問題などのデメリットもあります。
ホテル預かりやオーナー様の入院などで一時的に離れて過ごす必要が出てきた場合に、分離不安症で犬や猫が眠れなくなってしまう可能性もあるでしょう。また、ダニや感染症など、人獣共通感染症の観点からもペットと近すぎる睡眠環境はあまり良くないという意見もありますので、一緒の部屋で寝ていても、ある程度の距離は保っておいた方が望ましいかもしれません。
睡眠に関する病気
犬や猫にも睡眠に関する病気や、症状のひとつとして睡眠障害が出ることがあります。
ただし、いつもより長く眠っていたり、寝たり起きたりを繰り返している場合でも、単に疲れただけ、満腹になっただけなどのケースも考えられます。起床後に元気があり、食事・排泄が問題なければ心配する必要はありませんが、気になる様子があれば動画撮影をしておいて、かかりつけの獣医師に相談することをおすすめします。
ホルモンに関する病気
甲状腺ホルモンの分泌が低下すると、低体温・代謝障害・活動量の低下などの症状が表れるため、元気がなく寝てばかりいるように見えます。他の症状が見られる場合や、起きてもあまり元気がない場合は早めにかかりつけの獣医師に相談しましょう。
睡眠時無呼吸症候群
人でもいびきに関連する「睡眠時無呼吸症」は見られますが、犬の睡眠時無呼吸症候群は人と比較して起きがけに症状がかなり強く出ます。短頭種(パグ・シーズーなど)でよく報告されています。
人と同じ症状である無呼吸(目安:10秒以上)、いびきの他に、起きた際の開口呼吸、悲鳴のような鳴き、突然走り回るなどといった症状が見られ、これらは不眠に繋がります。不眠は生命維持に大きく影響を及ぼすので、早めに動物病院に相談しましょう。
猫については、呼吸器の構造上、犬より発症は稀ですが、発症した場合は犬よりも早急な治療が必要と言われていますのでお気をつけください。
てんかん
人の研究では、睡眠とてんかん発作には強い関連があるといわれています。寝始めや寝起きのタイミングでてんかん発作が起こりやすく、睡眠不足も発作の頻度を上げることが分かっています。寝起きに突然攻撃的になったり、自傷行為を示したりといった問題行動が見られる場合は、てんかんの可能性もあるため、その様子を動画撮影し、動物病院でご相談してみてください。
かゆみ・痛みなどに伴う不眠
かゆみ・痛みなど他の病気の症状が強く出ている結果、不眠になってしまうことがあります。この場合、不眠の原因元を解消することが1番大切なので、治療の他にも症状を和らげる薬や処置をかかりつけの獣医師に相談してみましょう。
ナルコレプシー
ナルコレプシーとは、睡眠障害に関する遺伝子病です。
遊びやおやつといったポジティブな感情や、驚き・怒りによる興奮が引き金になり、突然眠るように脱力する発作や、日中に耐えがたい眠気に繰り返し襲われるといった症状が見られます。ナルコレプシーは命に関わる病気ではありませんが、生涯続きます。そのため、病気への理解をしたうえで、コントロールや治療のために投薬が検討されることもあります。
認知症
認知症とは、シニアで発症しやすい脳の神経細胞の減少や脳の萎縮が原因となり、認知機能に障害が出る状態の総称です。認知機能が低下すると、ぼんやりしている時間や眠っている時間が長くなる一方で、昼夜逆転が生じやすく、夜間は起きている時間が長くなりがちです。トイレの失敗・夜鳴き・徘徊などが代表的な症状ですが、これらの症状は他の疾患でも見られるので、認知症だとすぐに判断せず、動物病院で相談してみましょう。
★夜鳴きについて
日中の運動や外部からの刺激を受けることや、朝に日光を浴びることで、体内時計(概日リズム)を整える効果が期待できます。認知機能不全などによって昼夜逆転してしまっている場合は、犬であれば散歩に行き、運動と社会的刺激をうけること、猫では日向ぼっこの機会を設けることが効果的です。刺激であれば、他にも遊び・知育トイ・嗅覚を使うノーズワークを日中に行うこともおすすめです。
その一方で認知機能不全とは関係なく、オーナー様に何かを伝えたくて吠えているパターンもあります。トイレ・痛み・不安・(寝たきりの場合)体位変換などが考えられますが、何を訴えているか具体的な欲求を理解し、それに合わせた対策をしましょう。(トイレ=就寝前に排泄を促す、痛み=痛み止めの使用・寝具の変更など)
関連コラムとして、無駄吠えに関するコラムもぜひご覧ください。
・《獣医師コラム》“無駄”な吠えは存在しない!? ワンちゃんが無駄吠えしやすい6つのシチュエーションと無駄吠え対策 前編
・《獣医師コラム》“無駄”な吠えは存在しない!? ワンちゃんが無駄吠えしやすい6つのシチュエーションと無駄吠え対策 後編
快適な睡眠環境
犬や猫の “睡眠の質” についてはまだ研究は十分ではありませんが、年齢・品種・ストレス・食事の頻度・居住環境・引っ越し・オーナー様の生活などが睡眠の質に影響を与えることが分かっています。
リラックス度をより上げるためには、音・光・振動などの外部からの刺激が入らない睡眠環境を整えてあげましょう。
睡眠環境
◎良い睡眠環境を作ってあげるためのポイント
・寝床、ベッドの場所をむやみに変えないようにする
・静かな場所にベッドを設置する
・寝床、ベッドを清潔に保つ
・寝床とトイレの距離を十分に離す
・快適な室温を維持する(夏:22~26℃、冬:19~25℃)
・エアコンの風を直接当てないようにする
・寝床の周りに囲いを設ける
・夜は電気を消して暗くする
・自分で寝返りをうてない場合は、低反発素材のベッドを使用して体への負担を軽減する
・高い場所を好むネコの場合、ハンモック型のベッドやキャットタワーなどを用意する
×危険
ヒーターや床暖房の上で長時間眠ると、低温やけどの危険があるため気をつけましょう。
生活習慣
人と同じように、食事・遊び・運動・睡眠の時間帯を決め、規則正しく暮らすことが望ましいです。なかなかオーナー様が早く眠ることが難しい…という場合は、犬猫の寝床やその周囲だけ照明を落とし、静かな空間を作ってあげるようにしましょう。夜の食事は早めにすませ、消化器を休ませることも健康のために良いでしょう。
若い犬や猫のオーナー様からは「夜はなかなか寝てくれない…」というお悩みを聞くこともあります。基本的なことですが、若い犬や猫にとっては “昼間に十分に運動すること” が大切です。また、夜の睡眠には “適度な刺激” もとても重要ですので、おでかけ、おもちゃ、他の犬や猫との交流などで生活の中で適度な刺激を与えてあげるようにしましょう。
まとめ
健康のために睡眠が大切なのは人も犬や猫も同じです。質の高い睡眠をとれるようにサポートしてあげてください。また、睡眠に関する気になる症状があれば、動画におさめ、かかりつけの獣医師に見せながら相談しましょう。
関連するコラムとして、猫の睡眠の不思議に迫ったコラムもあるのでぜひご覧ください。